する贅沢から、しない贅沢へ

2014 4/19 (土曜日)

断食に向いている人

断食をしようと施設に訪れる人には、大きく二通りのタイプがあるように思います。

ひとつは、今まで自分の身体や健康には無頓着で、放埒な生活を送ってきたが、改めて見直そうと考え始めた人、
もうひとつは、不調に悩まされていたり、大病を機に、誰よりも健康に関する知識や情報を収集し、その実践に努めている人。

前者は、滞在をきっかけに、そんな考え方もあったのかと目を開かれ、生活習慣改善に邁進し始めることになります。

後者は、ほぼ知識としては備え、また世間に出回っている情報に半ば振り回され、自分に鞭打って頑張っている人であって、むしろこのような人こそ、自分の心身に向き合える機会をもつことが大切ではないかと思います。

世の中に出回っている情報は、当然ながら商業ベースに乗るために、部分的なエッセンスを取り出して強調し、キャッチーにわかりやすく単純化されているものが多いように思います。

そのまま実践しても、多くの場合、部分的な効果しか期待できず、本質的な解決になりえないようです。

こと人間の心身については、それほど単純なものではなく、情報を鵜呑みにして実践したはいいが、理屈通りにいかず、ますます、不安と混乱に陥っていくことになります。

いすれにしても、断食に関心を持つ人は、過剰、過多の時代にあって、余分なものを削ぎ落とし、シンプルに生きたいという潜在的な欲求があるように思います。

そのためにも「手放す」ことが大切になるのですが、そもそも、どうして過剰に所有し、振り回されてしまうのかといえば、そこには「漠然とした不安」があるからではないでしょうか。

まったく「おまかせ」の境地になってしまえば、とらわれることなく、はからうことなく、手放すことが容易になります。

すべてを自力で行おうと考えるところに、なんでも抱え込む癖がつき、自力で行えるはずだと考えるところに、力みや執着が生まれてくるわけです。

そこで、「他力」

自分でできることは限られていると謙虚になり、

「知足」

自分のできる範囲内において真摯に努め、それ以上を望まず、あとは大いなるものに委ねた安心立命の心境で、ゆったり、さっぱり生きてみてはどうかということなのです。

頭ごなしに「手放せ」と言われてもできないのが人情なのであって、一旦はとことん自力で踏ん張り、持てるだけ持ってみるのも無駄な経験ではないと思います。

極まって、腹をくくった時に、完全に肩の力が抜けるのでしょう。

断食は、一度「食べること」を手放してみる営みです。

絶対手放せないと信じ込んでいたことも、やってみると案外簡単で、気持ちの良いことに気づかれるはずです。

断食を端緒として、生活すべてがシンプルに、洗練されたものになっていくでしょう。

断食は生理的な効果はもとより、人生における「あたりまえ」に喜びをもたらし、豊かなものとすることができる画期的な方法であるところに、みなさんはすでに気づかれているのです。

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