する贅沢から、しない贅沢へ

食生活改善

2014 9/1 (月曜日)

「いただく」身構え、心構え

食事に関して、「何を食べるか」が大切であることは言うまでもありませんが、それにもまして「どのように食べるか」が重要ではないでしょうか。

食べ物を食べるということは、まず口にいれて、歯で噛み砕くことから始まります。

細かくこなして物理的に消化しやすくすることに加え、唾液に含まれる消化酵素を混ぜ合わせ化学的に消化しています。

ですから、時間をかけてじっくり噛むことで、内臓への過度の負担を減らすことができるのです。

反対に、このとき水分を過剰に摂取してしまうと、唾液が薄まり、良く混ぜ合わされないばかりか、胃液をも薄めてしまい消化が不十分になってしまいます。

本来であれば各種の消化液で消化しやすい形に分解され、また人体にとって有害な物質は無毒化されるのですが、その過程を経ないまま腸へと送り出されてしまうのです。

特に未消化のたんぱく質が腸壁から吸収されるとアレルギーの原因になるとも言われています。

また慢性的な内臓疲労は解毒力や排泄力、自然治癒力を低下させる原因にもなります。

それでは、健康のために、どのような食べ方が良いのでしょうか。

「かみしめて味わう」ことです。

その語感には、好意的に受け止め、それを自分のものとするために肯定的に精査、吟味していく真摯さがあるように思います。

その反対に「流し込む」の語感には無配慮、無分別に取り入れてしまう粗雑さがあります。

何かをしながら片手間に食べたり、食物に対して無関心であったり、嫌悪感を抱きながら食べることは、栄養を十分に吸収できないまでか、害になることさえあるのではないでしょうか。

心の影響力が内臓に波及することは、「緊張の場面でお腹が痛くなる」といった卑近な例を出すまでもなく、ごく自明のことです。

「いただきますー美味しゅうございますーごちそうさまでした」

感謝が貫く日本の作法が、心身に好影響を与えるということを今一度再確認しておきたいものです。

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2014 8/25 (月曜日)

つながり食

人間にとっての自然とは何か、これを追い求めることが真のデトックスを、ひいては人間の健康と幸福に寄与するとの確信を持ち、今まで筆を進めてきました。

そして、生命の土台となる食事の問題は避けて通れないことであるとの認識から、ここ数年、研究を行ってきました。

しかし、つくづく人間にとっての自然食とは何か、というのはとても難しい問題だと感じています。

コアラならユーカリの葉を、パンダなら笹の葉を、単品で何千年も食べてきたのですから、今さら自然、不自然の議論も起こってこないでしょう。

ところが、人間は長い歴史の中で多種多様なものを食べてきました。

いろいろなものを食べてきたからこそ、複雑で幅広い思考を身につけ、高度な文明を発達させてきたといえるのかもしれません。

一方で、人間特有の病気の原因になっていたかもしれません。

先人の研究成果の中に、人間にとって自然な食のあり方で指標とされるものに歯の本数があります。

歯の構成比から、肉食、菜食、穀物食の比率を導き出したものです。

また腸の長さによって肉食、菜食いすれに適しているのかを計る方法も提唱されてきました。

精神論や観念に寄らない、きわめて科学的、理性的な方法だと感じています。

それと同時に、それだけでは解決できない現代の複雑な疾病構造に思い至ります。

食に関わるここ数十年の、顕著な変化として、食品の精製度が飛躍的に進み、特に糖質においては、あきらか
に人体に害になっているということです。

人間にとって何が自然であるかを計る指標として、それによって病気になるか、ならないかというのも重要ではないでしょうか。

精製された糖質は、その吸収率の高さゆえ急激な高血糖状態を招きます。

これが血糖値をコントロールする膵臓や各種内分泌系に与える影響は想像に難くありません。

現代人に蔓延する低血糖症や糖尿病がその典型的な例で、自然を逸脱した人間の食生活に対する警鐘といえましょう。

また慣行農業でつくられる野菜には農薬や偏った化学合成肥料が大量に使われていることも問題です。

土壌汚染も進み、野菜本来持っていた味が失われていることに気づく人は多いですが、当然栄養が損なわれていると考えるべきです。

肉や魚も同様で、飼育や養殖の方法に、いかに人為的で不自然な方法が導入されているか直視しなければなりません。

食材に対する冷徹な視点を欠けば、内実の伴わないうわべだけの健康食に終始してしまいます。

飽食の時代における「栄養失調」という逆説的と思える現象が、すでに日本を巣食っています。

野菜を食べればいい、という単純な問題ではなくなってきているのです。

ここで生理学的な観点で、人間にとって自然な食のありかたを二つ挙げてみます。

・食後の血糖値を上げ過ぎないこと
・バランス良く栄養をとること

これは食材の選び方から、調理法、食べ方に至るまでの再考を促すものです。

さらに人間的な観点で、人間にとって自然な食のありかたを提案してみたいと思います。

「つながり食」です。

今を生きる人間を中心に、三方向のつながりを意識してみます。

上下のライン、つまり天地とのつながりです。

それは天は気候、地は土壌を表し、その土地の食材を、旬にいただくという原初的なあり方のことです。

左右のライン、すなわち同時代を生きる人間同士のつながりを表しています。

食材の生産者や調理する人、さらには食卓を囲む人々との心の交歓を重視する精神的なあり方のことです。

前後のラインは時間、歴史です。

今を生きる人間の前には数え切れないほどの先祖がいます。

その人たちの苦労の上に、今こうして健康と幸福を願える時代に生きていられることを感謝することです。

また先祖が歩んできた歴史をみることで、何をどのくらいどのようにいただけば良いかおのずとわかってくると思うのです。

さらに、これから先の世代、子孫に対しても、負の遺産を残さないために今何ができるかを考えることも、人間としての自然性を考える上ではずせない視点であると考えます。

人間は、ただ機械的に食べ、糞をするだけの無機的な人糞製造機に終始したいと誰も思っていないでしょう。

他の生命をいただいて今こうして生かしていただいているのであれば、犠牲になった生命に報いるためにも、価値ある生き方をしたいと思っていいはずです。

このように空間、時間、人間のつながりに思いを馳せることができるのが人間だけであるに違いありません。

空間に対する畏敬
時間に対する感謝
人間に対する謙譲

そこに人間としての自然が、もっと言えば人間として最も輝けるあり方があるのだろうと考えます。

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2014 8/17 (日曜日)

人間の食べ方

「食べたい時に、食べたい物を、食べたいだけ食べる」

野生動物がそうであるように、人間も本来は感覚に基づいて食事をしていれば問題は無いのだと思います。

しかしながら、文明の発達とともに、生活様式は多様化し、農業、食品加工技術も発展して、便利さと引き換えに自然から乖離する結果となりました。

感覚にゆだねて身の回りに氾濫する精製炭水化物や化学調味料に手を出したら最後、中毒となって依存体質から抜け出すことができなくなっていきます。

感覚はいよいよ鈍り、不調や病気に派生していくことでしょう。

それでは、不自然を極めた現代において、健康的に生きるために何ができるでしょうか。

文明の功罪を見極め、科学的な知見を借りながら、理性的に食材を選んでいくこと。

それと同時に、適応力を高めていくことです。

良いものを取り入れ、悪いものは出し切れる、身体を作っていくということです。

米飯が中心であった和食で世界一の長寿となった日本があります。

昨今注目される糖質制限食の理論とは相容れないものですが、当時の生活様式を観察すれば、今とは比べ物にならない運動量があったわけです。

つまり、糖質大量摂取の弊害を打ち消す生活上の実践を見逃すことができないということです。

デスクワーク中心の現代人にとっては、糖質制限食はまさに救世主となるでしょう。

食事量の制限が伴わず、お腹いっぱい食べられるのですから、継続しやすいものです。

一方で、地球上に生きる生命の共生や持続可能性を視野に入れた、人間としての自然性の回復という事業には手をつけられていないということも考えておかなければならないでしょう。

周囲の生命や均衡を無視してでも、ひとり健康であり続けるのが、果たして本当に健康的であるかということです。

生きるための食事から生かされるための食事へ。

利己的食事法を超克するとき、本当の意味での健康、すなわち心身の安定と安心立命が訪れるのではないでしょうか。

食事を通して生活、そして社会というものを見直すことができるのが、万物の霊長たる人間であって、ふさわしい食事法も導き出せるのではないかと思っています。

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2014 8/11 (月曜日)

空腹時運動の効用

運動するなら、どのタイミングが最善でしょうか。

断然、空腹時です。

食物を食べると、からだは消化吸収しようとします。

その時、胃や腸などの内臓に血液が集まってきます。

内臓を動かすため、消化液を分泌するため、栄養を運搬するためです。

このとき運動をしてしまうと、今度は筋肉を動かすために血液が必要となり、内臓と筋肉との間で血液の奪い合いになってしまうのです。

そうなると、どちらにとっても良い結果とはなりません。

お互い必要な血液を確保できないために、運動能力を発揮できず、また消化も中途半端となり内臓に負担をかけてしまうことになります。

実際、食後に休みを取らない過酷な肉体労働者に胃がんが多いというデータがあります。

つまり食事と運動のタイミングが重要になってくるのです。

空腹時に運動することは、血液が筋肉そして身体のすみずみまで行き渡ることができるということです。

手足が冷える、脂肪がつきやすい、肩がこる、腰が痛い、これらの症状はたいてい血液の循環が良くないことや、それに伴う冷えがその根底にあります。

細胞一つ一つが新陳代謝してイキイキと活動するためには、血液が滞ることなく流れていることが大切です。

空腹時に運動すると末梢循環が良くなり、からだに活力が出てきます。

また、空腹時運動には過度な食欲を抑える効果もあります。

空腹感というのは、血液中の糖分、つまり血糖値が下がってきたときに脳から発せられるサインです。

しかしこれは、例えるなら、預金に一切手をつけないで、財布のお金がなくなったと騒いでいるようなものなのです。

またそこでたくさん食べてしまったら、ますます残高が増えていきます。

すなわち肥満です。

預金を切り崩す方法が、空腹時運動に他なりません。

空腹を感じているときというのは低血糖状態です。

その時に、運動をすることで代謝が上がり脂肪が燃焼し血糖値が回復していきます。

すると先ほどまで感じていた強烈な空腹感が収まっていることに気づかれるでしょう。

穏やかになった食欲で食卓に臨めば、少量でも満足感を得られます。

さらにゆっくり良く噛めば言うことはありません。

そして、食後はゆったりと休息する。

これはからだの生理に沿った本質的な生活リズムといえます。

朝から昼にかけて活動的に、夕方から夜に向けてリラックスしていく。

溌剌と生きて、深い眠りにつくために、食事と運動のタイミングに気を配ってみてはいかがでしょうか。

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2014 8/4 (月曜日)

上虚下実の体現

筋肉を効果的に鍛える方法を研究しています。

とはいえ、外見的な強健さを求めているのではありません。

体質改善に貢献すればとの思いからです。

多くの女性のお話を伺う中で、共通するものとして、冷えやむくみ、便秘があげられます。

一概には言えませんが、そのめぐりの悪さは運動不足による筋力低下に起因するところもあるのではないかと考えました。

もちろん精神的なストレスも看過できません。

それを踏まえても、しなやかな心身を練り上げていくことは無駄ではないと思うのです。

古来、東洋思想においては、「体が変われば心が変わる」と考えられてきました。

そして、特に、丹田の充実が心身に影響することを見抜いていたように思います。

現代人はもっぱらデスクワーク中心であり、長時間固定的な姿勢で拘束されています。

その上、公共交通機関の発達で、ほとんど歩かなくなりました。

さらに家電の普及によって、家でも全身を伴う運動を行うことも少なくなりました。

「動物」はその字のごとく、動くものです。瞬発的な運動もしくは長距離の移動の末に、食べ物にありついてきました。

ところが、現代人、特に日本人を含めた先進国の人間は、動物としての基本である、動いてから食べるということすらままならなくなりました。

その結果として生活習慣病が増大したとも言えるでしょう。

とすれば、生活習慣病を克服するための方法は二つということになります。

「動く」か「食べる量を減らす」かです。

入ってくるエネルギーよりも出ていくエネルギーが少なければ、当然余剰が発生するので在庫として抱えるようになります。

考えてみれば、ごくシンプルなことなのです。

その余剰エネルギーの使われ方が人によって、体重増加に利用されたり、過剰な欲求になったり、病気になったり、悩みや怒りになったりするわけです。

健康的な心身をつくり、有意義な人生を歩む上で、適度な運動と食事は欠くことができないことなのです。
さて、それでは今日から食事を運動量に見合った量に制限できるでしょうか。

難しいと思います。

食事量の制限はかなりのストレスが伴います。

一時期は意志の力で抑えつけることができても、そのうち暴発するのが目に見えています。

そこで提案なのが、運動を先行させてはどうかということです。

たくさん食べてしまったら、その後の運動で帳尻を合わせればいい。

美味しそうなスイーツが食べたくなったら、運動を先にして、そのご褒美として食べるという発想です。

不純な動機かもしれませんが、よっぽど中長期的な体重目標よりもモチベーションになるはずです。

そのうち運動が習慣化すればしめたものです。

もし体が運動を必要としていれば、そこに快感が伴っているはずなのです。

その頃には、食事も今まで漫然と食べていた時よりも、ずっと美味しく感じられるようになっていると思います。

運動を続けているうちに、体の機能が正常化し、味覚がクリアになって、食欲が安定し、食事量が適正に落ち着いてくる。

こうしたあり方を目指すべきではないでしょうか。

やみくもな食事制限は代謝を落とし、ますます痩せづらい体に変えていきます。

同様に、運動もイヤイヤやったのではストレス以外の何物でもありません。

自分の好きなものを手始めに行い、興に乗ってきたら、多少筋肉に負荷のかかるようなものを取り入れてみてはいかがでしょうか。

運動の基本としてはウォーキングがすすめられます。

さほど技術がいらない上に、今すぐにでもできるものだからです。

とはいえ、夜遅く仕事を終えてから、ある程度の時間をかけて歩くというのは、なかなか骨の折れることではないでしょうか。

通勤でうまく歩ける人はいいのですが、そうでない人はウォーキングは週末などにまとまってするとして、普段は自宅でできる簡単で短時間でも効果的なものがいいでしょう。

おすすめは「スクワット」です。

キングオブエクササイズと呼ばれ、臀部や大腿部を中心とした、体の中でももっとも大きな筋肉を効果的に鍛えられ、なおかつ、姿勢の維持のための腹筋や背筋を鍛えられることから、最も基本にして、最も重要なトレーニングなのです。

筋トレといっても、べらぼうな筋肥大を求め、ボディビルダーを目指すのではありませんので、死に物狂いで行う必要はありません。

必要な筋肉がつくことで、産熱器官として体温を維持し、血流が潤沢となって、基礎代謝を向上させることができます。

冷えやむくみの改善を期待できます。

東洋医学的にみても下肢と内臓は直結していると考えますので、内臓機能を向上させ、便秘を始めとした内科系、婦人科系疾患の予防改善にもつながるでしょう。

また、下半身の充実は、気の観点からも「上虚下実」「頭寒足熱」を体現することにもなり、心身の安定感を醸成することでしょう。

ストレッチやヨガなどの柔軟性を高める運動も同じくらい大切と考えますが、行い方に偏りがあると、往々にして柔軟性の追求に傾く嫌いがあり、ふにゃふにゃと柔らかいだけで姿勢維持が心もとないバランスに欠けた体を作りかねない面があります。

陰と陽の調和を目指す東洋思想にならえば、柔軟性と強靭性を兼ね備えた心身を練り上げることが必要でしょう。

もっといえば、特定の運動法がいらなくなるような生活様式、つまり普段の生活においても、良い姿勢、呼吸、効率的な体の使い方、動きを実践することで、必要な筋肉が鍛えられるあり方が理想的でもあります。

養生は薬によらず尋常の身持心のうちにこそあれ

この言葉を胸に、とにかく、今から実践です

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