する贅沢から、しない贅沢へ

2009 10/28 (水曜日)

やすらぎへの架け橋 呼吸の大切さ

こんにちは、こはりです。

ヨガのポーズ(アーサナ)をするとき、呼吸を止めないように心がけています。

常にゆったりと深い呼吸をしながら、身体の声に耳を傾け、一切の分析や批判を排して、ただありのままを感じ認めるようにします。

その反対が、息が止まったり、早く浅くなったり、苦痛に顔をゆがめ、自分の未熟さ不完全さに嫌悪感や自責の念を募らせるあり方です。

どちらが健全でしょうか。

野口体操の始祖、野口三千三はこう言っていました。

『すべてのものやことにおいて、「これはいいぞ!」とか「これはほんものだ!」という感じを起こさせる「何か」は、「息をするのが楽な感じ」「楽に息ができる感じ」をその本質とし、自分の中の原初生命体との間で、しみ(滲)とおる・ひた(浸)される・みた(充)されるという関係が生まれる、というように感ずる何かなのである。したがって、息が楽にできないようなものやこと、たとえば、息が詰まったり、息苦しいようなからだの動きは「悪」である。』

理想的な結果を期待するばかりに「今」を犠牲にするというあり方は、結局、息の詰まる生き方となるのでしょう。

そもそも「今」この瞬間を大切にすることでしか、健康的な体も心のやすらぎも訪れないと思うのです。

丹田呼吸法の大家、村木弘昌はこう言っています。

『健康、健康とそれに関するものを目の色を変えて探しまわっている人が多い。そして最後に到達したものは外物ではなく、わが体内に健康のもとが完備していることに気がつく。正しい呼吸、よい呼吸である。』

外物に求め、他物に頼るということは、自分の外側から獲得しようという心の表れであり、その根本には「自分には不足がある」という不安や恐れが見出せます。

他の誰でもない自分の生命を信頼せずに不足感だけを刷り込んで、生命は本来の力を十全に発揮できるでしょうか。

ヨガの泰斗、沖正弘は以下のように述べています。

『ヨガでは心身の状態を示す代表者が呼吸であり、呼吸は心身の変化に先んじて変化するので、呼吸をコントロールすることが心身コントロールの鍵であると教えています。たとえば、おちついている呼吸(長くて深い呼吸)をしていれば、心身は自然におちつき、くつろいで
いる呼吸(笑っているときのような、吐く息に力の入った長い呼吸)をすると自然にくつろいできます。この反対に、吸う息に力を入れたり、呼吸が浅かったりすると、無意識のうちに心身が緊張してきます。』

呼吸を長く深くしていく具体的な方法がヨガのアーサナや呼吸法ということでしょう。

自律神経の支配を受ける内臓の中で、唯一意識的に働きかけられるのが肺でもあります。

すなわち意識と無意識の架け橋になる部分です。

まずは呼吸に気づき、意識的に整えていくトレーニングを積んでいきます。
すると次第に呼吸を感じていくだけで呼吸が深まっていく境涯に達していくようです。

瞑想の真価がそこにあるのでしょう。

「息方は生き方」とは言い得て妙。

やすらぎは「今、ここ」に

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