する贅沢から、しない贅沢へ

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2010 3/28 (日曜日)

小さないのち

こんにちは、こはりです。

親の子殺しがメディアを賑わしている。
法廷で多弁すぎる親が気になる。
愛する子を失った親というものは、こうも淡々と自分の潔白を語れるものかと。
自分がその状況に置かれてみないことには実際のところ、どのような心境になるかわからないが、2500年以上前から語り継がれている言葉が思い出された。

「子曰巧言令色鮮矣仁」(ことば上手の顔よしでは、ほとんど無いものだよ、人の徳は)

かくいう孔子には周囲を驚かしたエピソードがあった。
一番弟子の願回が死んだ時。

「天、予を喪せり。天、予を喪せり。」(ああ、天はわしを滅ぼした、天はわしを滅ぼした)と身悶えして激しく泣いたという。

「顔淵死す。子これを哭して慟す。従者曰く、「子慟せり」と。曰く、「慟することあるか。夫の人の為に慟するに非ずして、誰が為にかせん」

儒教は親族を中心として同心円状に礼が構築される。
息子が死んだ時でさえ気丈だった孔子が、他人の顔回の死に激しく泣いたことに、ある弟子はとがめた。
「先生、激しく泣いておられます」

孔子はこう答えた。「わたしは慟していたか」

自分の状況もわからないほどだった。

「この人のために慟哭するのでなかったら、誰のために慟哭するのか」

そしてさらに慟哭し続けたという。

理屈じゃなかった。
体裁も関係なかった。
身を震わせ声を出して泣くだけだった。

「慟哭」という言葉はここから派生したともきく。
孔子は現代にまで真実を教え続けている。

論語を愛した指圧師がいた。我が師増永静人だ。

「自分の生命を大切にすること、そのことが相手の生命を尊重し、自分のまわりの生命をすべて大切に扱うことに連なっていくという実感を味わってほしいのです。これはいくら言葉で知って頭で理解していても、“もの”を中心にする生活をしている間に、バラバラに離れた存在になって、自分しか見えない幻想のとりこになってしまいます。今までの健康法は、そうした個人だけの長生きだけを目的としたため誤ってきたのです。」

時代を超え、現代に突き刺さる箴言。

ふれあいの本質、その手は子を慰めるために…

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2010 3/25 (木曜日)

断食を終えて

こんにちは、こはりです。

空腹をめいっぱい味わうことで、理屈ぬきで「食のありがたみ」が身にしみます。
半日とか一日とか、ごく短時間の断食でも精神的な効用は計り知れないものがあります。

月一回でも週一回でも普段の生活の中に組み入れれば、食に対する構えが、ひいては生き方が着実に変わっていくにちがいありません。

人間は類まれな想像力を持っています。一方で忘れていく生き物でもあります。

恵まれない境遇にある人々に思いを馳せ、周囲にあふれる愛に気づき、今こうして生かされていることに感謝する。
それを常にできれば、人をねたんだり、意地悪したり、やみくもに嘆き悲しんだりすることはなくなるんだろうと思いますが、なかなか安定しないのがまた未熟な人間というものです。

考えてみれば、何事も上達のためには地道に小さなことを繰り返し積み重ねていくことが必要です。

同様に、自分にも、他人にも、そして地球にも、やさしくするためには練習が必要なのでしょう。

つまり、自他の愛を思い出すための「断食」を行うのです。

それはしゃちこばった「よそいき」ではなく、生活の一部となりうる「スタイル」です。

不安や卑屈のままにもがき苦しむ断食ではなく、マインドフルネスなほほえみとともに空腹を噛みしめる断食にしていきたいものです。

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2010 3/22 (月曜日)

断食のススメ

こんにちは、こはりです。

ケガや病気、普段の生活で感じるちょっとした不調に、改めて断食をおすすめしたいと思います。

と申しますのも、自分自身、数日下唇の口内炎に悩まされています。
腹を触るとへその周りに硬結があり、額とこめかみにはかゆみを伴うカサカサした湿疹ができています。

腸の疲れや老廃物が皮膚を介して排毒されているようです。

経絡的にいえば肺ー大腸経で、外界との交流は呼吸器とともに皮膚呼吸も含むと考えられています。

冬は寒さに耐えるため、いろいろなものを溜め込む体になっていますが、
寒さがゆるみ春の訪れとともに、つぼみから花が開くように、人間の体も骨盤を中心として開いていき、余分な老廃物や体内毒素を排泄するようになります。

この排泄力の旺盛になる心身好転のタイミングに合わせて、断食することは生命の働きに後押しすることのできる絶好のチャンスといえるのです。

普段かえりみられることのないこの我が身に、たまには感謝の気持ちをむけてあげてもいいのではないでしょうか。

そして、その感謝の気持ちを行動に移したものが「断食」に他なりません。

かくいう自分も、体の排泄を力づけるべく、今日から断食をさせていただきます。

普段「どうせ治らないだろう」と、だましだましやり過ごしている体の痛みや不調。

炎症や腫れ、痛みを生命の自然な働きと肯定的に考えれば、治ろうとする力に後押しさえしてあげれば、治っていくのが必然だと思います。

ただ、改善の余地が食事、運動、呼吸、姿勢、精神活動といった生活全般に及ぶため、躊躇しているか、怠惰のあまり病でいることを好んで安住しているのかもしれません。

人間というのはつくづく儚く弱い生き物なのだと思います。

そのために病があって、身をもって思い知らされ、発破をかけられ行動、実践のモチベーションを喚起するのかもしれません。
そのように考えれば、それは単なる苦しみではなく、本当の幸福を見据えた無償の愛のムチとして、これを受け入れられるようになるかもしれません。

病気や痛む部分を悪い部分とみなし、その局所に治療を施す。
人の手を借り、それを治してもらう。

いずれも病を単なる苦しみとして、受け止めていることから生まれてくる発想です。

これによって一時的に症状が消えたかのように思えても、また再発するでしょう。
それは原因が取り除かれていないことによる因果応報、自然の理といえます。

根本的に治し、病気を契機として、さらに豊かな人生を得ようとすれば、おのずと自己を省み、生活を見直し、ひとつずつ実践をしていく他に道はないといえるでしょう。

その足がかりとして断食は、内観を促す意味でも有意義ではないでしょうか。

断食で「治す治し方」から「治さない治し方」へ。

それは真の幸福へと近づく偉大なる一歩だと思うのです。

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料金には、宿泊、食事、面談、マッサージ、カッピング、温泉、講座、ヨガや瞑想などが含まれています。

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