する贅沢から、しない贅沢へ

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2009 4/29 (水曜日)

恐るるに足らず!

こんにちは、こはりです。

豚インフルエンザが猛威を振るいつつあるようです。
不自然を極めた人類に対する警鐘でしょうか。

今後も未知の感染症が蔓延する可能性は十分にあると聞きます。

それは果たして絶望すべき現象でしょうか?

日々の養生の大切さをかみ締める好機となるのではないかと考えます。

人類が自然性を取り戻す営み。

その端緒に「食」を抜きにして語ることはできないでしょう。

どんな病原菌が蔓延したところで、大局的な視点に立てば、感染する素養があるかどうかが最も重要ではないでしょうか。
日常的にも風邪をひく人、ひきづらい人がいるのが何よりの証左です。

今こそ、ごはんと野菜を基本にした和食を見直すべきではないでしょうか。

日本の伝統的食文化はその合理性、持続可能性において世界に誇るものがあります。

ハンバーガー片手にコーラを流し込む日本の若者。
対してニューヨークを闊歩するエグゼクティブに「マクロビオティック」と言えばすんなり通る。

この逆説はどうしたことでしょう。

豚インフルエンザごときで死んでたまるか。
日本の食は世界を救う。
そのくらいの気概がなくてどうして日本の未来を切り開いていけるのかと思うのです。

食養の泰斗桜沢如一は特別難しいことを言っているわけではありません。

ごはんを中心に食べよう。
全体の65%ごはん、あと野菜、ちょっと海藻。
動物性食品はほとんど食べなくて大丈夫。

あたりまえだった日本の食卓がそこにあります。

またこんなことも言っています。

食養は食事の規則を教えるものだと思っている人があります。
大きな間違いです。
食養は金ピラや、大根や人参やコブや半ツキ米を食べることだと思っている人があります。
馬鹿ですな。
食養は砂糖や菓子を食べないことだと思っている人があります。
ボンヤリですな。
食養とは、何を食っても(好きなものばかり食って)決して病気にならず、毎日毎日力強く、(何の心配もなく)楽しく暮らしながら、何かしら残る仕事を仕上げることなのです。
それは神を知ることであり、神を生きることであり、神に生きることであり、、神にかえることであり、神を不断に念うことであり、慈母を慕う幼な子のように、大自然ー絶対無限ーを賛嘆することなのです。 (食養人生読本)

神とは、自然の別名でしょう。

局所にとらわれた、ミクロビオティックを超えて。

今回の感染症は「自然とは何か」を身をもって教えてくれるに違いありません。

病原菌も同じ生命。

敵対からは何も生まれないことを人類は歴史から学んだはずです。

そこから何を学び、何を実践するか。

他の誰でもない自らのこころとからだで選択するまで。

豚インフルエンザはきっと氷山の一角。

日々の実践、養生こそ、今後の命運を左右するようでなりません。

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2009 4/26 (日曜日)

みどりとゆとり

こんにちは。わだです。

伊豆は新緑の季節です。

ふとまわりを見わたすと、みどり一色!

いちめんのみどりが目に心地よいです。

_________________

ここ最近、パソコンを凝視することがなかったのですが、
今日はたまたま仕事があったので ひさしぶりに画面とにらめっこ。

そうしたらば

終わったあとで、一時的ですが
視界がぼんや~りかすんで見えなくなってしまったのです。

あらあらあら。久しぶりだったのでびっくり。

そういえば、パソコンを使う仕事をしていた頃は
これが日常だったなあ、と思い出しました。

ゲストの皆様の大半は、こういう思いをしながら
お仕事をなさっているのですよね。
改めて、現代人の辛さを実感しました。

そして、自分が今いかに幸せなのかということも。

___________________

身の回りの花やみどりに気付く、こころのゆとりを
大切にしていきたいと思います。

お疲れになったら、いつでもやすらぎの里にお立ち寄り下さい。
四季折々のお花やみどりが あなたをお待ちしております。

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2009 4/19 (日曜日)

野に咲く花のように

こんにちは。わだです。

今日はなおちゃんについて。

先週いっぱいで調理のなおちゃんがお辞めになりました。
明るく、前向きな「卒業」です。

なおちゃんという人は
けっしてでしゃばらず、それでいて仕事はそつなくこなし
誰に対しても分け隔てなく接することができる女性でした。

彼女のおかげで、私はとても快適に働くことができたのです。

はたから見たら
まるでデコとボコの対照的な二人だと思うので
なんでうまくいっていたのか不思議に思う方もいるかもしれませんが、
何のことはない、ひとえに彼女の人徳のなせる業でした。

野に咲く花のような なおちゃん。

彼女が支えてくれたから、私は楽しくお仕事が出来ました。

そっと 力強く 咲いてくれたのですね。

今後の活躍を祈りつつ、エールを送りたいと思います。

今までどうもありがとう。
これからもよろしくね。
いつでもやすらぎの里に遊びにいらしてください。
みんな待っていまーす。

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2009 4/16 (木曜日)

大切な宝物☆

なおです。

先日 やすらぎの里を卒業いたしました。

約二年間という時間は
多くの方との出会い 多くの経験の中で
沢山の大切なことを思い出し 気づかせてくれました。

その中でも一番と言っていいのは 感謝される歓びを知ったこと。

お掃除をして
お食事を作って
お食事をお出しして…

自分がしたことに対して ありがとう と言われる。
相手から感謝される。

胸の奥から 心のどこからか じんわりと湧き上がってくる想い。

それは とても温かく 幸せな気持ち。

相手の笑顔が 自然と自分を満たしてくれます。

これはきっと 人が生きていくうえで 最大の歓びではないかと

そう思います。

これからもこのことを忘れることなく

素直に 謙虚に 誠実に

そして時に貪欲に 進んでいきたいと思っています。

やすらぎの里に出会えたこと。

大沢先生をはじめ 素敵な仲間と一緒にお仕事できたこと。

やすらぎの里を通して 多くの方に出会えたこと。

支え 励ましてくれた 家族や友達の存在。

自然のある伊豆での暮らし。

そんな全てのことを 今有難く感じています。

ほんとうに ありがとう。

二年前思い切って この伊豆に やすらぎの里に来て本当に良かった。

ここでの時間は これからの私にとって とてもとても大切な宝物になりそうです☆

高原館で

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2009 4/12 (日曜日)

喜捨としての断食

こんにちは、こはりです。
今日は断食のお話。

断食は必ずしも楽ではない。
肉体的にも精神的にも苦痛を伴う場合もあるだろう。

にもかかわらず断食志願者が後を絶たない。
古今東西断食の歴史は長い。

それは断食による苦しみを補って余りある「やすらぎ」をそこに見出しているからではないだろうか。

僕は「断食」というものをつぶさに見る者として、その「やすらぎ」の淵源は何かと考えるに至った。

そして導き出した答えが「喜捨としての断食」という発想である。

生まれてから、しばらくは親の庇護を受け、教育を授かり、あらゆる面で人から恩恵をこうむる人生を過ごすことになる。
その後、人は独立し少しずつ「人に何かをしてもらう人生」から「人に何かを与える人生」を志向するのではないか。

それは仕事であるかもしれない。
例えば恵まれない人たちに寄付をするとか、途上国の現地で活動するとか、地球環境問題に積極的に関わるといった形かもしれない。

もっと身近に親孝行に始まって、恋人を愛すること、家族を養うことなのかもしれない。

「人間は社会的な動物」と言われる。

僕はそれをエネルギーの交歓をしなければ生きられない存在を言うのではないかと考える。

例えば、呼吸がまず吐かなければ吸うことができないように、より大きなエネルギーを得たいと思うのであれば、まず自分から果敢に出していかなければならないだろうと。

それは最初勇気のいることかもしれない。
巷間で保険商品がもてはやされるのも、人間の抱える潜在的な不安、そこから派生する出さずに蓄えていこうとする姿勢がある。

しかし、水の流れを見れば明らか、流れを拒み停滞すれば水はよどむ。
エネルギーも同様にダイナミックに循環させてこそ常に新鮮で活力に満ちたエネルギーであり続けられる。

こんな文章がある。

『「獲得しよう」という思いは、「自分には不足したものがある」という無意識の不安や恐怖の表れです。
そのような不安や恐怖に基づいて行動すると、自分に対して「おまえは不足しているんだよ」というメッセージを刷り込んでしまいます。
だから、世界から獲得しようという思いは、あなたの気を貧しくするのです。
しかし逆にあなたが、世界に対して与えるという思いを抱いたらどうでしょう?
今度は、その思いが、「自分には、世界に対して与えるものがある」というメッセージを、自らの無意識に刷り込むことになるのです。
その結果として、気が豊かになるのです。
宇宙には、いろいろな法則があります。
たとえば、与えるものは、ますます豊かになるというのも、その一つです。
だから世界に与えることと、自らが豊かになることは、車の両輪なのです。』遠藤喨及

断食のもたらす「やすらぎ」

生きていく上で欠かさざる欲求である食欲を自発的に自制していく。

その行為は体内の余分な「もの」を外に排泄していく以上に、内に秘めたる利他的な「思い」を世界に向けて発信していく営みではなかろうか。

先進国に生きる我々は「何かを得る幸福」を大方達成してきた。
そこに真の「やすらぎ」がないことも学んできたのだろうと思う。

断食は古くて新しい。
これからの時代を生きる人間の「やすらぎ」は狭い自我を超えた大我に裏打ちされているのかもしれない。

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  • お手軽プラン

    2泊3日 32,340円

  • 基本プラン

    3泊4日 48,510円

料金には、宿泊、食事、面談、マッサージ、カッピング、温泉、講座、ヨガや瞑想などが含まれています。

空き室状況&ご予約

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