「食べたい時に、食べたい物を、食べたいだけ食べる」
野生動物がそうであるように、人間も本来は感覚に基づいて食事をしていれば問題は無いのだと思います。
しかしながら、文明の発達とともに、生活様式は多様化し、農業、食品加工技術も発展して、便利さと引き換えに自然から乖離する結果となりました。
感覚にゆだねて身の回りに氾濫する精製炭水化物や化学調味料に手を出したら最後、中毒となって依存体質から抜け出すことができなくなっていきます。
感覚はいよいよ鈍り、不調や病気に派生していくことでしょう。
それでは、不自然を極めた現代において、健康的に生きるために何ができるでしょうか。
文明の功罪を見極め、科学的な知見を借りながら、理性的に食材を選んでいくこと。
それと同時に、適応力を高めていくことです。
良いものを取り入れ、悪いものは出し切れる、身体を作っていくということです。
米飯が中心であった和食で世界一の長寿となった日本があります。
昨今注目される糖質制限食の理論とは相容れないものですが、当時の生活様式を観察すれば、今とは比べ物にならない運動量があったわけです。
つまり、糖質大量摂取の弊害を打ち消す生活上の実践を見逃すことができないということです。
デスクワーク中心の現代人にとっては、糖質制限食はまさに救世主となるでしょう。
食事量の制限が伴わず、お腹いっぱい食べられるのですから、継続しやすいものです。
一方で、地球上に生きる生命の共生や持続可能性を視野に入れた、人間としての自然性の回復という事業には手をつけられていないということも考えておかなければならないでしょう。
周囲の生命や均衡を無視してでも、ひとり健康であり続けるのが、果たして本当に健康的であるかということです。
生きるための食事から生かされるための食事へ。
利己的食事法を超克するとき、本当の意味での健康、すなわち心身の安定と安心立命が訪れるのではないでしょうか。
食事を通して生活、そして社会というものを見直すことができるのが、万物の霊長たる人間であって、ふさわしい食事法も導き出せるのではないかと思っています。