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大沢が30年かけて歩んできた道のり

「大沢さんは、なぜこの仕事をするようになったのですか?」
来られるゲストの方から、
よくそう聞かれることがあります。
やすらぎの里にいたるまで、
いろんなことをしてきました。
でも今考えると、
すべてのことがつながっていると感じます。
話せば長くなりますが、
私がどのようにして、
やすらぎの里を開設することになったのか。
その経緯をご紹介させていただきます。
なぜ、断食施設を作ろうと思ったのか
私が、「いつか、人が集まれる場所を作りたい」
と思うようになったのは、
インドを旅していたときのことでした。
見知らぬ旅人たちが宿で出会い、
それぞれの思いを話せる場所。
そこがきっかけで、
新しい人生を歩みだせるような場所。
そんな場所が日本にもあったらいいな。
そう思いながら、
気がつけば30年が経っていました。
「やすらぎへの道」全5話
その道のりを、5つの物語としてまとめています。
順番に読んでいただくと、 やすらぎの里がなぜ今の形になったのか、 その理由が伝わるかと思います。
第1話 何かもっと──自然食との出会い
岩手から東京へ、そしてオーストラリアへ。
人生を変えた出来事と、自然食との出会いの話です。
第2話 東洋医学の道へ──やすらぎを求めて
25歳で鍼灸学校へ。
「学ぶとはこんなに楽しいことだったのか」と
はじめて感じた時期の話です。
第3話 高原館の立ち上げ
30歳でフォルスを開業し、
伊豆でやすらぎの里を始め、
40歳で高原館を立ち上げるまでの話です。
第4話 病からの学び
高原館オープン直後、
妻が突然倒れました。
あの日から、変わったことがあります。
第5話 新館への想い
これからのやすらぎの里へ。
30年間で見えてきたもの、
次の時代に伝えたいことの話です。
整うとは何か、30年かけてたどり着いた答え
断食施設を始めた理由を一言で言うなら、
「人は、環境が変わると、整っていく」
ということを、
旅の中で体感したからだと思います。
インドの宿で見知らぬ旅人と話した夜。
安曇野のペンションではじめて食べた自然食。
伊豆高原の朝、木立の間を歩く感覚。
どれも、特別なことをしたわけではありません。
ただ、いつもとは違う環境に身を置いた。
それだけで、何かが変わっていった。
やすらぎの里がやっていることも、
今考えれば同じです。
何もしない時間の中で、
心と体が、本来のリズムを思い出していく。
人生のコンセントをそっと抜く場所。
滞在を終えた方が、
よくこう言われます。
「空っぽで、満たされた」
あなたが、自分に戻る時間を。
それが、30年間変わらない
やすらぎの里の考え方です。












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