する贅沢から、しない贅沢へ

2009 1/1 (木曜日)

この胸に真実の花を咲かせよう

こはりです。

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

旧年中は、ゲストのみなさま、スタッフのみなさま、たくさんの方々とのご縁をいただき、幸せな一年を過ごさせていただきました。

ありがとうございました。

年末からの暗いニュースを見るにつけ、今年も経済情勢は決して明るくないようにみえます。
しかし、心は常に明るくありたいと思っています。

やすらぎの里がやすらげる場所であり続けるために今後も一層精進していく所存です。

今年もみなさまにとって良い年になりますように心よりお祈り申し上げます。

「一年の計は元旦にあり」

僕は特定の信仰を持ちませんが、縁あって年またぎはある寺の本堂にいました。
元朝護摩焚きを拝むためです。

数十人の信徒がとり囲む中、ひときわ厳かな袈裟を身にまとった大僧正が護摩のくべられた場所に座します。
色とりどりの袈裟を身にまとった僧侶がほら貝を手にして十数名左右にひかえました。

賽銭箱の前には年があけた瞬間に初詣をしようとする参拝客がごったがえし長蛇の列をつくっています。

年があけた瞬間、ほら貝が一斉に鳴り響きました。

続いて読経が始まります。

護摩には火が放たれ、みるみる炎が吹き上がりました。

ゆったりと始まった経も徐々にスピードが上がっていきます。

般若心経にさしかかると合掌する信徒たちのボルテージも一気に上がっていきます。
乗じて僧侶たちも各々分担の鳴り物を乱れ打ちして、共振した振動は増幅して腹の底を突き動かすようでした。 

興奮が最高潮に達しようとするところで真言の連呼が始まります。

不動明王の「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシヤダソワタヤウンタラタカンマン」

炎と轟音の中、何十回何百回とただただ繰り返します。

僕のすぐ前には鮮やかな黄色の袈裟を着た僧がいました。
顔を見ればまだあどけない。
丸刈りしているので高校球児と言っても通るような。
この場にいなければ、きっとかわいい彼女をつれて初詣していてもいいようなくらいです。

彼の担当は木魚でした。

読経しながら、ただただ乱れ打っていました。

一心不乱に経を唱えるその眼差しは顔立ちに似合わず鋭く、そして気高かったです。

「今ここにいる」

彼はまちがいなく今この瞬間、全身全霊を捧げていました。

まだ若い、遊びたい時期ではないでしょうか。

だが因縁あって彼は僧道を歩んでいる。

その脇でおばあさんが柱になかば支えられるようにしながらも、合掌し必死に真言を唱えていました。
現世利益にまみれた大衆のすがる気持ちに応える大乗仏教。

科学技術の進展する現代社会、都会のど真ん中に信じられないくらいの非日常、精神世界が展開しているのです。

この後一時間おきに護摩焚きは繰り返されるといいます。

僕ははっきり彼の中に仏性を見ました。

それはなんら奇異なものでなく、人間の本来の有り様を見せつけられたような、憧憬にも似た感情でした。

「行住坐臥一切の事勢これ最善の道場」

日々の生活の中でできることから始めたいと思いました。

生まれてきた意味、生きる意味。

「人生に“行”を見い出す」

新年のインスピレーション。

自分の内に、すでにある可能性に気付くために。

謹賀新年.jpg

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料金には、宿泊、食事、面談、マッサージ、カッピング、温泉、講座、ヨガや瞑想などが含まれています。

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