する贅沢から、しない贅沢へ

2009 3/7 (土曜日)

幸福論

こんにちは、こはりです。

最近農業の勉強を始めました。

無農薬の畑。

耕運機をかけ、畝をつくり、マルチを張ってネギの種まき。

大根、かぶ、里芋、ネギの収穫。

本格的に農を経験してわかったこと。

農の知識、経験、知恵なくして食は到底語れないなと。
書物などのアタマだけの知識とはまったく次元の違う説得力がある。

毎日口にするもの、生命をつなぎとめるものとしての食、
それを支える農はいかなる物事より根源的で、そこを直視し体感しないことには生かされる者としての土台が揺らぐ。

農の圧倒的な説得力を前にはすべて枝葉末節。

遅ればせながら実感したこと、野菜には旬があるということ。

今まで気にもとめていなかったが、野菜や果物には一番美味しい時期がある。
それを少しでも過ぎるとだんだんと味が落ちてくる。

畑に出ればその植物が育つ時期があり、花が咲き実を結び枯れていく。
それは整然と行われる自然の営みであって、自然状態においては寸分の狂いもない。

人の手が加わることによって不自然が生じてくる。

生命にはリズムがある。

ムカデが出る時期があれば、それにとってかわってアリが、カメムシが、順序よく活動し繁殖する。

肌身で感じる季節の移ろい、生命の横溢。

旬にその土地で穫れたものを、必要なだけいただく。
それで十分なはずだったのに、感謝すべきことだったのに。

人間の欲には際限がない。
ふくれあがった人間の傲慢、自然を無視し続けてきたそのツケを払う時期にきたのかもしれない。

今こそ学ぶべき時期。

何度痛い目に遭わされれば気付くのだろうか。
人間はそんなに愚かではないはずだ。

汗水たらして働く人間が損をし、コケにされる社会があっていいはずがない。
今までがんばって働いてきたお年寄りが邪険にされる社会があっていいはずがない。

一部の人間のマネーゲームに惑わされる筋合いなど毛頭ない。

なによりも切実な食の問題。

地域のもの、国産のものを買う。
生産した農家に対して正当な対価を払う。

そうした毅然とした態度が経済の基礎を強固にするのだろう。

より安いものを買うことが経済的であるかのように錯覚していた。

巡り巡って富はすり減っていく。

奪い合い、首を絞め合う経済から、与え合い、分かち合う経済へ。

プラスのエネルギーの好循環からしか真の幸福は生まれない。

「できることから始めよう」

地下タビ越しの土の感触、丹田に力を込めて振り上げられた鍬。

腹の底から納得した。

よりマクロに、よりサステナブルに、スローライフ、スローフードへ。

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