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食べるって、こんなに嬉しいことだったんだ|やすらぎの里、一週間(第四話)

朝、目が覚めて、最初に思った。

「今日は、ごはんが食べられる」

時計を見る。

まだ7時。
回復食は10時から。

あと3時間もある。

昨日の夜から、
ずっと楽しみにしていた。

豪華な料理が出てくるわけではない。

断食を終えて、
最初に食べるのは「回復大根」。

昆布だしで、
やわらかく煮た大根だという。

普段だったら、
「今日のお昼は何にしよう」くらいは考えても、
大根を食べることを朝からこんなに楽しみにすることなんてない。

それなのに今日は、
10時が待ち遠しい。

「まだかな」

時計を見る。

まだ8時だった。

ちょっと笑ってしまった。

10時、回復大根

ようやく10時。

食堂へ行くと、
テーブルには「回復大根」が用意されていた。

湯気の立つ、
やわらかそうな大根。

昆布だしで煮ただけ大根らしい。

そこに味噌、醤油麹、ねり梅を、
好みでつけていただく。

食事の横には、
一枚のリーフレットが置かれていた。


「空っぽになった体へ、最初に入れる、いのち。」早く食べたい。そう思いながら、
リーフレットを読む。そこには、
「箸を持つその手を少しだけ止めて、湯気の向こうにある香りを感じてみてください」
と書かれていた。

箸を取ろうとしていた手を、
少し止める。

湯気を見る。
香りを感じてみる。

そういえば、
2日目の午後に「食べる瞑想」をした。

最初のひと口だけ

食べる瞑想で使ったのは、
レーズンとドライのイチジクだった。

手に取って、触れてみる。
香りをかぐ。
じっくり眺める。

そして口に入れ、
ゆっくり噛んで、
飲み込むときの感触まで感じてみる。

普段なら、
ひと口で食べてしまうような
小さなドライフルーツを、
時間をかけて味わった。

終わったあと、
みんなで感じたことを話した。

そして最後に、

「滞在中、最初のひと口だけは、丁寧に味わって食べてみましょう」

と話があった。

全部をゆっくり食べなくてもいい。

最初のひと口だけ。

そのくらいなら、
私にもできそうだと思った。

あのときは、
ひとつの体験として受け止めていた。

でも今日は、少し違う。

断食を終えて、
回復食をいただく最初のひと口だ。

大根って、こんな味だったんだ

大根をひとつ、箸で持ち上げる。

まだ湯気が立っている。

口に入れる。

温かい。

やわらかい。

ゆっくり噛んでみる。

「あ、甘い」

大根って、こんなに甘かったんだ。

いつも食べているはずなのに、
なんだか初めて食べるもののように感じる。

次は、
味噌を少しつけてみる。

おいしい。

醤油麹もつけてみる。

また違う。

ねり梅をつけると、
酸味が口の中に広がる。

ひとつの大根を、
こんなにじっくり味わったことがあっただろうか。

いつもの私は、
最初のひと口をどう食べていたんだろう。

朝は時間を気にしながら。
昼は仕事の合間に。
夜はテレビやスマホを見ながら。

口に入れたものを飲み込む前に、
もう次のひと口に箸を伸ばしていた気もする。

食べては、いた。

でも、
こんなふうに、
味わってはいなかったのかもしれない。

食べられるって、うれしい

回復大根を食べ終える。

豪華な料理ではない。

昆布だしだけで煮た大根。

それなのに、
とても満たされた感じがした。

断食をする前は、

「何を食べよう」
「何を食べたら太らないかな」
「これは身体にいいかな」

そんなことは、
よく考えていた。

でも今は、
もっと単純だった。

食べられるって、うれしい。

それだけだった。

食べるって、
お腹を満たすためだけじゃなかったんだな。

そんなことを思った。

18時、薬膳粥

午後になると、
今度は夕食が楽しみになってきた。

「今日の夕食は、薬膳粥だったな」

さっき食べたばかりなのに、
もう夕ごはんのことを考えている。

また少し笑ってしまう。

18時。

食堂へ行くと、
薬膳粥が用意されていた。

湯気の立つお粥。
お味噌汁。
梅干し。

席について、
最初のひと口をゆっくり味わう。

「ああ、おいしい」

顔を上げると、
みんなも同じ食卓で、
同じように食事をしている。

「おいしいね」

そんな声が聞こえてくる。

数日前まで知らなかった人たち。

名前も、
どんな仕事をしているのかも、
まだよく知らない人もいる。

それでも、
一緒に断食をして、

「お腹空いたね」と話して、

今は同じ食卓を囲んでいる。

朝、一人で味わった
「食べられる嬉しさ」とは、また少し違う。

誰かと一緒に、
「おいしいね」と言えるのも、
なんだか嬉しかった。

明日のごはんも、楽しみ

部屋に戻って、
ベッドに横になる。

お腹が満たされている。

ふと、
「明日は、何が食べられるんだろう」と思った。

ここに来る前は、
最近少し太ってきたことや、
お腹まわりのこと、
コレステロールや、
血圧のことも気になっていた。

少し痩せられたらいいな、
という気持ちもあった。

それなのに今は、
明日のごはんを楽しみにしている。

なんだか、おかしい。

でも、
まあ、いいか。

食べることから少し離れてみたら、
食べることの嬉しさを思い出していた。

大根を味わったこと。

「おいしいね」と誰かと話したこと。

明日のごはんを楽しみにしていること。

どれも小さなことだけど、
今は、それがなんだか嬉しい。

食べるって、
こんなに嬉しいことだったんだ。

そんなことを思いながら、目を閉じた。

まだ、一週間の4日目。

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