(この日は「ブサカワ」なうみさんでした。)
高原館のゆるゆる日記「言葉は表現のツール」
こんにちは、高原館のくさむらです。
わたしは自分が言葉変態なんだろうな~と感じています。
このブログに「言葉」に関することを書き始めて
どれくらいになるかな?と振り返ってみたら、
夏ごろからでした。
飽きもせず「言葉」に関することを書いています。
言葉にすることについて書いてきて、
ずっともやもやしていたことがあります。
「言語化する」という表現についてです。
言葉と言語って違うの?
という疑問を持ち続けていました。
言語化するという表現は自然だけれども、
なんとなくしっくりこないときがありました。
理由はよくわかりませんでした。
「自分の思いを言語化する」という表現は自然です。
「自分の思いを言葉にする」という表現も自然です。
なぜかわたしのなかで、
「言語化する・・・んじゃないんだよなぁ~」
と感じることがありました。
そんな時は「言葉にする」のほうが
しっくりきました。
「言葉」と「言語」の違いを調べてみると、
以下のような記載がありました。
言葉は自分の頭が思っていることを
文字や音声で表現したもの。
言語は言葉にルールを作って
大きな一つのまとまりにしたもの。
言葉は表現の一つ。
言語は言葉のルール。
まだあやふやな理解ですが、
自分の中のもやもやは少し晴れました。
わたしが大切にしていること、
わたしが面白いと感じていることは、
「表現すること」みたいです。
わたしがずっと行ってきたのは、
言語化ではなくて、言葉化だったのだと思います。
自分の思いを言葉という手段で表現してきたようです。
自分の思いを言葉というツールを使って表現をすることを、
23歳くらいの頃からずーっと行って来ました。
「言葉にする事って大切」
そんなことを思い続けてきましたが、
それは、
「表現する事って大切」
ということであったようです。
わたしはその表現を「言葉」でしてきました。
それがわたしに合っていたからです。
比較的楽に、そして面白くできました。
表現することが大切なのであれば、
それは言葉で為されなくても良いことになります。
絵でも、彫刻でも、ピアノでも、フルートでも、歌でも、
料理でも、サッカーでも、何でもありなのだと思います。
自分がやりやすくて楽しいことで「表現をする」。
そのことが、とってもとってもとっても、
大切なのだと思います。
わたしにとって言葉は表現する事だった。
そんなことが分かって嬉しい気持ちになりました。
そしてそれは言葉じゃなくてもいい、
どのようなことで表現してもいい。
そんなことが分かってさらに嬉しくなりました。
わたしは大好きな言葉で、
これからもたくさん表現していきたいですし、
みなさんの言葉をたくさん聞きたいと感じています。
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