「過去にひどい喘息発作で入院したことがあるんです。そのときあなたの気管支の3割は修復不能、治りませんとお医者さんに言われて…」
それ以来、ビクビク過ごしていたようです。
ところが、恐る恐る参加した養生館でのトレイルウォーキングで、みんなと歩けたことがすごく自信になったと感激していました。
「今まで全然運動をしなかったけれど、楽しくできそうです!」
また別のゲストは、
「仕事が終わって夜に気持ちよくウォーキングをしているのですが、先日鍼灸師の先生に夜は陰の気が強いからウォーキングは勧められないと言われてしまいました。どうしたらよいですか?」
その人が多忙の中、空いた時間で気持ちよく歩いているのに、水を差すこともなかろうと。
「気持ちよくできていて調子がよければそれでいいじゃないですか」
と僕は答えましたが、いい加減な人だと思われただろうか。
僕は「言葉には力がある」と信じているのです。
使い方を間違えれば「呪い」にもなるということです。
その人を一生涯制限し苦しめる呪縛です。
僕自身も矛盾と葛藤を抱きながら、言葉を発し、そのつど反省を繰り返しながらきています。
だからもう言葉ではなく、存在感だけで癒せる人間になりたいと本気で思うこともあるくらいです。
それでも言葉を発するならば、それが人を勇気づけるものでありたいと思うのです。
「すべての真実は、それがあなたにとって真実ならば真実である」
「大多数の意見がどうであれ、あなたにとっての真実が真実なのだ」
我が道を行く決意を新たにした。
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