半年前にお越しになった60代女性。
がんになり、悲壮感とストイックさがにじみでていました。
徹底的に生活を節制し、何が正しいのか、何をすべきで、何をしてはいけないか、厳しい表情で僕に問いかけてきました。
僕との対話や滞在でいろいろと気づいたことがあったようなのです。
今週見えた時には、まるっきり別人でした。
「もう病気を治すための人生をやめました。そんな人生つまらないと思って。私の人生を楽しく生きることに決めたんです。」
この場合の「私」とはなんだろう。
今までは、私=身体
身体が病気になったり、悪化したり、副作用が出たりしたものなら、自分を脅かされる恐怖以外の何物でもなく、その恐怖に半ば無意識に振り回され突き動かされていたのでしょう。
もちろんこの身体を尊重する。
でもこればかりが私ではない。
と気づかれたのではないでしょうか。
もっと大きな存在としての私。
何が起きてもゆるぎない私。
人間における本質的な「健康」はまさにここにあると思うのです。
知性や感情、身体は自分の一部であってすべてではない。
それらを尊重しつつ、それを統べる本当の自分を生きていくのです。
「とらわれていたことに気づいて、それを手放したら楽になりました。去っていった人もいたけど新しい縁も生まれて、結果として今一番幸せです。自分が変わると周囲が目まぐるしく変わりました。気付くことができたから、もっと早く病気になればよかったと思えるくらいになりました。先生に感謝したくておやめになる前に駆け込んできました」
最近、僕の中で健康観の再構築がなされている。
その矢先、眼前にこういう人が現れた。
これでよかったんだ。
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